考える足軽

思考の言語化と忘備録

コンビニ人間読んだ


私が日頃考えていることが凝縮されていた

読んで衝撃を受けたという口コミをよく見るが、そういう人たちは本でいう"こちら側の人間"なのだろう

私は"あちら側の人間"なので、この本の内容が痛いほど伝わってきたし、私もコンビニ人間になりうる存在であると思った

私は他人の思う"普通"とはすこしずれているので、社会に上手く馴染めていると錯覚できるアルバイトがとても好きだ
制服を着て、挨拶を復唱して、決められたマニュアルにそって過ごすだけで、私は今他人の思う"普通"ができていると感じることができる
別に日頃から普通という概念に迎合しようとしている訳ではないが、その時だけふと安心することがある

そしてこの本はまさにそのようなタイプの人間が主人公だった
読んだら自分の気持ちが文章として昇華されたような気持ちになってスッキリした



"普通"というはっきりとした定義のない物を目指して、あるいは何の疑いもなく許容している人間の方が私にとっては非常に滑稽に見える

あたかも「私は普通の人間です」というような顔をして、私にとっては異常な振る舞いをする人間をたくさん見てきた
自分のことを普通だと勘違いしている人たちは私を、さも当たり前かのように、彼らが思う"普通"の枠に収めようとする
すごく嫌な気分になる

しかしそれは私の感じ方の問題であり、大多数の人間にも当てはまるとは考えていないし、私は別にこの考えが普通でなくてもいいと思っている



生きづらさを感じたことのある人間にも、感じたことのない人間にもこの本を読んでほしい

あなたは本当に普通の人間なのか?
普通って何か?
そもそも普通でないといけないのか?


とりあえずコンビニ人間を読んで、馬鹿げた"普通"を破壊されて、価値観が変わったとか普通が何かわからなくなったって馬鹿みたいに言えばいいと思う

人生について


この前、生きることが下手くそだねと言われた

それに対して酷いと思うことも悲しく思うこともなくく、ただ、私が今まで感じた違和感や絶望は、生きることが下手くそであるが故に生じていたんだと妙に納得した
生きることは難しいことだと思ってたんだけど、それは誰にでも当てはまるわけじゃないのかもしれない

生きることの上手い下手は何で決まるのだろう
そもそも何を持って上手い、下手だとするのだろう

RPGに例えて生きることについて考える


人生という名前のゲームにおいて我々は主人公である
生まれた瞬間にゲームが始まって、死んだらゲームオーバーだ
人生にはレベル(=年齢)に応じたステージが用意されている

  • 赤ちゃんステージ
  • 幼稚園保育園ステージ
  • 小学校ステージ

以降死ぬまで永遠に続く絶望
(エリクソンの発達段階がまさしくステージ名かも、乳児期、幼児期、児童期…)

多くの人間は、レベルアップしてステージが進む中で、それに応じた装備(ここでいう装備とは、価値観、知識、人望、財産など生きていく上で手に入れられるものすべて)を身につけていく
ステージが進むと難易度も上がるが、装備も強くなっているので、ちょっと苦戦したりするけれど、時に仲間(友人やパートナー)と励ましあいながら、時に裏ワザ(大学だったら代返だよね)を駆使しながら、クリアすることができる、そして次のステージに進んでいく


多分人生というゲームの難易度は人により個人差はあれど、大差はないと思う。難しいと感じる原因は2つあると考えられる

1.そのステージに応じた装備でない

各ステージをクリアするためには装備の強さが肝心であると言っても過言ではない

私は、あるところでレベルが上がっても、強い装備が得られなくなった
でも、これは人生のクソなところであるんだけれど、生きてるだけでレベルが上がってしまう。弱い装備のままでもどうにかしてステージをクリアしなければいけなくなってしまう
高校というステージまでは、クリア時に瀕死になりながらも何とかやって来れた
しかし、大学というステージは、自分の装備じゃどうにも難しい
ひのきのぼうじゃ全然敵が倒せないし、ぬののふくだと沢山傷つくのは当たり前だよね


2. 強い装備を持っていてもその使い方を知らない、もしくはうまく使えない

人生というゲームを上手く進めていくには(=上手く生きるためには)装備の強さも大事であるが、持ってる装備をいかに上手く使うかも大事だ

ここでカギとなってくるのが、要領の良さとされるものである

要領の良さは装備の類ではなく、能力値である
(レベルアップに従い、経験値として要領の良さの値を増やすことは出来るが、それだけを手に入れることはできないので)

ここに、人望と知識を装備として持っている2人の人間がいるとする
1人は要領の良さの値が高く、もう1人は低い
要領の良さの値が高い人間は、自分の知識を活用し、持ちうる人望で人を巻き込みながら、自分の地位を強固なものにしていく。俗に言うインフルエンサーとかもこの類いじゃないかな
一方、低い人間は、知識と人望を結びつけて上手く活用できない。1つ1つを使いこなすので精一杯だからである。(それゆえ、結びつけて活用するという発想にすら至らない可能性もある)(←これは私である)

装備の強さ要領の良さ

この2つが人生というゲームの難易度を大いに左右するのである

ちなみに私は装備も弱いし要領も悪い

持つものと持たざるもので世界が二分されるのも納得だよね
クソゲーだわ