考える足軽

思考の言語化と忘備録

コンビニ人間読んだ


私が日頃考えていることが凝縮されていた

読んで衝撃を受けたという口コミをよく見るが、そういう人たちは本でいう"こちら側の人間"なのだろう

私は"あちら側の人間"なので、この本の内容が痛いほど伝わってきたし、私もコンビニ人間になりうる存在であると思った

私は他人の思う"普通"とはすこしずれているので、社会に上手く馴染めていると錯覚できるアルバイトがとても好きだ
制服を着て、挨拶を復唱して、決められたマニュアルにそって過ごすだけで、私は今他人の思う"普通"ができていると感じることができる
別に日頃から普通という概念に迎合しようとしている訳ではないが、その時だけふと安心することがある

そしてこの本はまさにそのようなタイプの人間が主人公だった
読んだら自分の気持ちが文章として昇華されたような気持ちになってスッキリした



"普通"というはっきりとした定義のない物を目指して、あるいは何の疑いもなく許容している人間の方が私にとっては非常に滑稽に見える

あたかも「私は普通の人間です」というような顔をして、私にとっては異常な振る舞いをする人間をたくさん見てきた
自分のことを普通だと勘違いしている人たちは私を、さも当たり前かのように、彼らが思う"普通"の枠に収めようとする
すごく嫌な気分になる

しかしそれは私の感じ方の問題であり、大多数の人間にも当てはまるとは考えていないし、私は別にこの考えが普通でなくてもいいと思っている



生きづらさを感じたことのある人間にも、感じたことのない人間にもこの本を読んでほしい

あなたは本当に普通の人間なのか?
普通って何か?
そもそも普通でないといけないのか?


とりあえずコンビニ人間を読んで、馬鹿げた"普通"を破壊されて、価値観が変わったとか普通が何かわからなくなったって馬鹿みたいに言えばいいと思う